ダイバーシティは自己中からはじまる

会社を設立して4ヶ月が経った。
スタートアップのためメンバー全員が昼夜問わずアグレッシブに働いている…かと思いきや
社員第1号は介護、第2号は育児と、既にダイバーシティが溢れる会社となっている。

もうこの際、最初からダイバーシティに対応したダイバーシティ・ネイティブな会社にしてしまおうという魂胆でさえいる。

さて、ダイバーシティに対応するためにはどうすれば良いのだろうか。

少し昔のダイバーシティはグローバル社会のコミュニケーション方法の言葉だったように思う。
日本人同士のコミュニケーションはハイコンテクストで1言えば10伝わる「阿吽の呼吸」が美しいとされるが、グローバル社会では多種多様な人種や文化圏の人がいるため、会話では背景や前提から事細かに説明するローコンテクストにする必要がある。
日本人は曖昧な言い回しをするが議論のときは意見を直接的に伝える必要がある。
といった具合だ。

ビジネス面ではダイバーシティは多種多様な視点で物事を見ることができるためイノベーションを生みやすいとされている。
私はダイバーシティとイノベーションの関係については懐疑的だが、今回はビジネスにつなげるダイバーシティではなく、働き方、特に働きやすさ・働きがいに注目する。

最近のダイバーシティと言えばもっぱら「働き方改革」である。

勤務時間の長さや始業終業時刻など時間に関することや
リモートワークや在宅勤務など場所に関すること
その時間と場所の自由がもたらす、一人ひとりのライフスタイルに合わせた働き方の実現と言ったところだろうか。

ダイバーシティに関するガイドラインや具体的な事例を読み込んでみたがイマイチ釈然としない。
定量的な目標を掲げてルールを策定している企業が多いが、残念ながら抜けのない完璧なルールを作ることはできないし目標も妥当性があるとは思えない。
また、そのルールが運用に乗ることを考えると非現実的としか思えなかった。

分厚いガイドラインを読み、ルールをたくさん作り、ちゃんと運用ができているかのチェックを行う。
本来の目的が達成できれば良いが、とてもではないがスタートアップの規模では手が回らないし、大企業は大企業で相当な労力が必要だろう。

物事をパターン分けし、全てのパターンに対して対策を行うのは一見順当なアプローチである。
しかし、このアプローチはアンドゲートらしくない。
もっとシンプルで全てのパターンに対応できる普遍的な解があるはずだ。

窪塚洋介主演の映画「GO」で下記セリフがある。

左腕まっすぐ伸ばしてみな、坊や。
そのままぐるっと一回転しろ。

よし。

今、お前の拳がひいた円の大きさが、大体お前っていう人間の大きさだ。

言ってることが分かるか?坊や。

その円の真ん中に居座って、手の届く範囲のものにだけ手を伸ばしてりゃ、
お前は傷つかずに生きていける。そういう生き方、どう思う?

このセリフは自分の殻に閉じこもっていないで外の世界に踏み出せ、という意味だが
少し解釈を変えて「左腕の長さ」が「その人が持っている力」とし
「その人が持っている力」とは「その人が幸せにできる人間関係の距離」と仮定しよう。

幸せを提供する対象はまず左腕を差し出す自分の体、即ち自分の事を自分自身で幸せにすることから始まる。
誰かに支援してもらっても、依存しても良い、とにかく自分自身を幸せにすることが先決である。

次に左腕を伸ばしてぐるっと一回転してみよう。

誰が真っ先に当たるだろうか。
それは家族かも知れないし友人かも知れない。
人それぞれ優先順位があるだろう。

自分自身が幸せな状態になっているのであれば、余った力をその人に貸してあげよう。
その人が幸せになれば、小さな世界に平和が訪れたことになる。

自分自身と一番近くの人を幸せにできたのであれば、あとはその腕をぐぐぐっと伸ばして繰り返すだけである。
会社の同僚かも知れないし、地域の知り合いかも知れない。
どんどん腕を伸ばして平和な世界を広げていくのだ。

気をつけなければならないのは、自分自身や自分に近い人の幸せが削られてしまった場合だ。
その場合は左腕を引っ込めて、すぐさま自分の近い順に幸せの復旧に努めるべきである。

引っ込められてしまった人はどのようにすれば良いか。
それは「再度自分に手が届くまで待つ」若しくは「その人に力を貸す」である。

例えば、飲み友達と疎遠になり
「あいつ最近飲み会に来なくなったよな。」
という場合はその人自身若しくはその人に近い人に変化があり、左腕を縮めざるを得ない状況である。

そこで
「余裕できたらまた飲みに行こうな、待ってるから。」と声をかけておけばその余裕を目指す元気になるし
「手伝えることがあれば何でも言って。」と言えば、今まで左腕を伸ばしてくれていた分の恩返しができる。

生物である以上バイオリズムが存在し、元気なときは元気だし、落ち込むときは落ち込む。
元気な時は周りを助け、落ち込んでいるときは助けてもらう。

人間関係の根本は全て自分から始まり、周りの人を助け、周りの人から助けられることにあると考えている。

ダイバーシティの話しに戻そう。
会社組織の中でも基本的には上記の考え方を適用する。

介護で手がかかる、子どもが熱を出したなどの理由により出社できないことは必ずある。
その時は周りに堂々と助けを求めて力を借りる、借りた分はいつか返す。

もっと身近な例では、下記のようになるだろう。

「朝の通勤ラッシュ時に電車に乗るのは嫌です。」
自分自身に降りかかる不幸を予め回避できるのであれば、それに越したことはない。
「朝疲れない分パフォーマンスが上がるので、自分の仕事をさっさと終わらせて手伝います。」

「俺は滅多に風邪をひかないから、バリバリ働いてみんなを助けるよ。」
「だから、飲みすぎちゃった次の日は遅刻させて…。」

自分の幸せを真っ先に考えつつも周りと共存できる世界が見えないだろうか。

この世で一番大切なのは自分であり、自分が幸せでなければ周りの人も幸せにできない。
自己中心的な要求をしても、その要求を受け入れてくれる人間関係を構築しておくこと
会社としてはビジネス的なインパクトがない限りは権限を移譲することが重要なのではないかと考えている。

一番やってはいけないことは、自分を犠牲にして周りの人に尽くすことである。
迷惑をかけないようにするのではなく、迷惑をかけても許してもらえる、迷惑かけられても許す環境や関係性を作ること。
ダイバーシティは複雑に考えずに、もっとシンプルな幸せの優先順位と人間関係の在り方をマインドとして共有し、自由にやっていこうではないか。

悪い人が現れるその日までは。

デザイナーとエンジニア

「エンジニアになりたいんですけど、どうしたら良いですか?」
こんな相談を受けたとき、皆さんはどのように答えているだろうか。
私がこの相談を受ける場合の「エンジニア」は「ITエンジニア」を指している。

特定のプログラミング言語を勧めて宗教論争に巻き込んだり、
「技術は手段であり問題解決することが目的」と高尚な教えを説いたりと
様々なパターンで回答してきたが、最近になってその回答は的を射ていなかったのではないかと思うようになった。

相談の要求を分析してみると、下記の通りとなる。
エンジニアになりたい = 手に職をつけたい = 一生食いっぱぐれない能力が欲しい

高度な専門性を得るためには「1万時間の法則」や「石の上にも三年」など3年は鍛錬が必要とされている。私自身、実感もある。
しかし、技術革新が激化する昨今では、3年を費やして得た専門性は一瞬にして有効性を失う。
現に私のインフラエンジニアとしての専門性の半分は既にAWSをはじめとするクラウドに淘汰されている。

有効性を失った専門性が全て無駄かと問われれば、そうではない。
1つの専門性を手にする過程で得た、抽象化・構造化する考え方や方法は何事にも転用できる強い武器となっている。
例えば、新しい技術に関しても概念を理解するのはそう難しくない。皆さんも同じような体験があるはずだ。

ただ、いまITエンジニアではなく、ITエンジニアの仕事自体に興味もなく、一生食いっぱぐれない能力を求めている相談者に対して
ITエンジニアは手放しでお勧めできる職業ではない。
(そもそもエンジニアになりたい人は勝手になっている。)

一生食いっぱぐれない能力は存在しない。
あるとすれば常に時代に食いつく根性だ!
そう回答したくもなるが、相談者の求める回答になっていない。

抽象度を上げよう。

「エンジニア」を「技術を用いた職業」から「問題を解決する特性」とした場合、また異なる見方ができる。
私はエンジニアの対比としてデザイナーを挙げており「問題提起をするのがデザイナー」「問題解決をするのがエンジニア」と定義している。
デザイナー属性とエンジニア属性は誰しもが持っている属性であり、この比重によって様々な適性に影響があると考えている。

社会的な要求から考えた場合「広義のソリューション(問題解決)」の中に「狭義のソリューション(問題解決)」と「クリエイティブ (価値創造)」がある。
エンジニア属性が多い人は「狭義のソリューション」、デザイナー属性が多い人は「クリエイティブ」に向いている。
具体化した2つはその上位の要求である「広義のソリューション」に紐付かなければ真の問題解決にはならない。

狭義のソリューションのプロジェクトにも、ビジネスモデルの構築やストーリー構想などデザイナー属性が必要である。
だが、ビジョンを描き、AsIsとToBeを設定し、実現までのストーリーを伝える専門性はまだ確立されておらず、人材も少ない。
今後は問題を解決するエンジニア属性よりも問題を見つけられるデザイナー属性が重宝される時代となり、その価値を組織的に提供することが重要だと考えている。

その考え方・方法・手法・ロジックを「方法論」と呼んでいる。
もしかすると、この「方法論」が「一生食いっぱぐれない能力」につながるのではないだろうか。

相談を思い出してみよう。

「エンジニアになりたいんですけど、どうしたら良いですか?」
これは「自分はエンジニアになりたい」とビジョンを描いた上での問題提起である。

「良い問題提起だね。もしかするとエンジニアよりもデザイナーの方が向いているかも知れない。デザイナーと言ってもアートやグラフィックのデザイナーではなくて、事象を抽象化・構造化して、問題点を見つけ出して、ビジョンを描いて、実現するまでの道筋を示すポジションで、そのポジションをいま作ってるんだ。」
「その特性を活かせば、エンジニアよりもプロジェクトマネジャー・ディレクターになった方が力を発揮できるかも知れないよ。」

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